防災がもっと身近になるように、桜に願いを込めて
2011年3月11日、日本は大きな悲しみに包まれました。地震と津波によって大勢の命が奪われた東日本大震災。あの日から10年が経ちます。「当時中学生だった人の多くが社会人になった」と考えると、月日の経過を感じずにはいられません。
その一方、この10年間で新しい命もたくさん誕生しました。彼ら彼女らはこの国の希望であると同時に、東日本大震災を知らない世代にもあたります。今後そういった層が増えていく中で、私たちは次の時代に何を残せるのか。今回のコラムでは、「防災×桜」で未来の命を守ろうと奮闘している人々に触れていきます。
岩手県陸前高田市という町では、「桜ライン311(サクララインサンイチイチ)」という組織によって、2011年から「津波の最高到達地点に桜を植える活動」が行われています。同じ悲しみを繰り返さないように、後世の人たちに津波の爪痕を残していくプロジェクトです。津波が来た事実はとても恐ろしいことですが、それを温かみのある桜で伝えていく方法はとてもやわらかく、素晴らしいアイデアだなと思います。
2011年10月に発足された桜ライン311は、2014年には、認定NPO法人として、行政機関に認められる存在になりました。岡本翔馬代表理事(以下:岡本代表)を筆頭に、陸前高田市出身の人間を中心に構成されるこのチームは、GOOD DESIGN AWARD2014金賞をはじめ、2018年には内閣府の復興大臣より表彰されるなど、世間にも認められる組織に成長しています。
彼らの思いに共感して、私自身もこの10年近い年月、共闘を続けてきました。桜ライン311が主題となるドキュメンタリー映画『あの街に桜が咲けば』(2014年)、『いつか君の花明かりには』(2018年)を製作。それらの書籍バージョンを出版する形でも、彼らの思いを広げてきました。この2作品にて岡本代表が語った言葉も引用しながら、「防災意識」について触れていきたいと思います。
「同じ悔しさを繰り返さない」――桜に込めた若者たちの思い
「私たちは、悔しいんです」
東日本大震災直後、石碑に関する報道がテレビなどで流れたことを、皆さんはご存じでしょうか。「先人が石碑で津波の到達点を伝えようとしていた。しかし、その多くは人目に触れず放置されていた」というような内容でした。東日本大震災によって1,800名以上が犠牲になった陸前高田市でも、「これより下に家を建てるな」と書かれた石碑を見つけることができます。もっとたくさんの命を救えたんじゃないか。そのニュースを見て、悔しい思いを抱いた地元の若者たちによって結成されたのが、桜ライン311でした。
市内各地の津波が一番遠くまで到達した場所に、桜の苗木を等間隔に植えていく。そして、いつかまた大きな災害が起きた時に、最低限、その桜のラインよりも上に逃げることを市民に伝えていく。市民全員が桜の意味を理解し、しっかりと津波から避難することで、犠牲者を1人も出さない。そんな災害に強い町になることを桜ライン311は目指しています。
しかし、実際に桜のラインに立つと、毎回驚くことがあります。それは「海」と「桜」の距離です。「本当にここまで来たの?」と疑いたくなるほどに海が遠い。これについて、岡本代表は以下のように語ってくれたことがあります。
「信じらんないよね、この高さは。ここは大体14メートルぐらいある現場だけど、本当にここまで来たのかって場所ばかりだよ。だからこそ、信じられないような津波が来るってことを、後世の人たちに伝えていかなきゃいけないって思う」
陸前高田市にいる人たちでさえ信じられない距離。違う町で暮らす私たち、これから生まれて来る人たちには、もっと信じられないことだと思います。災害は私たちの想像を超えてやって来る。たまたま海のある町を旅行していた時にそれが起こるかもしれない。いざその時のために、災害に対する意識を高めておくことは非常に重要だと考えます。
なお、津波から身を守る方法は、海や川などからとにかく「離れる」という実にシンプルなものです。また、時間の猶予がない場合は、「遠く」に逃げることよりも「高く」に逃げることが望ましいと言われています。大きな地震の後に、津波はやってくる場合があります。少しでも海から距離を取るように行動してほしいと思います。
全国に広めたい「自分の町で災害が起きてしまう前の防災意識」
桜ライン311は、毎年3月と11月に植樹会を開催しています。日本全国から参加者を募集して、桜の苗木の植樹を手伝ってもらう形式です。大人から子ども、個人から団体、北海道から沖縄、この10年近い年月で約6,500人の方々が陸前高田市まで足を運んできました。現在、桜の植樹本数は、目標としている17,000本に対して1割程度で、まだこの闘いには長い年月がかかります。植樹会の日時等は桜ライン311公式ホームページなどで確認することができますので、興味がある方は覗いてみてくださればと思います。
なお、この植樹会には「災害を自分事としてもっと身近に捉えてほしい」という意味も大いに含まれています。桜ライン311は、陸前高田市のこれからを生きる人たちのためにこそ桜を植えていますが、それと同時に、日本全国の人たちにも、防災の大切さを伝えようとしています。岡本代表は以前に、植樹会への思いをこのように語ってくれました。
「こうやって植樹会に日本全国の方に来ていただいて、この人たちが次の災害で亡くなったら僕らはすごく悲しい思いをしてしまうので。何のために来てくれたんだろう、何のために共感してくれたんだろうって、僕は残念ながら思ってしまうところがあるんですね。なので、自分の町において災害に備えるということに取り組んでもらえたら、一番嬉しいと思いますね」
ガレキのようなものはほとんど無くなり、すっかり景色も当時とは違うものになっていますが、前述した通り、海と桜の距離を、桜ライン311は残しています。ぜひ植樹会に参加する人には、桜という温かい防災に触れながら、「自分の町で大災害が起きたらどうするか」を考える機会にしてほしいと思います。
子どもたちに手渡していこう、桜色のバトン
桜ライン311が力を入れている活動の一つには「学校植樹」もあります。地元周辺の子どもたちと一緒に桜を植える機会です。子どもの頃から防災を身近に考えてもらうために。桜の意味をしっかりと後世に伝えていくために。桜ライン311の想いを未来に託す上で、非常に重要な活動です。
これからの陸前高田市を背負っていくのは、間違いなく今を生きる子どもたちです。そして、その子どもたちが大人になった時に生まれる子どもたちが、さらに次の時代につないでいきます。桜ライン311の願いがこもったバトンを丁寧に受け渡していく姿。私たちも「この町は災害が起きないから大丈夫だよ」なんていう情報を後世に伝えるくらいならば、役立つ防災知識を1つでも多く、温かい形で広げていきたいと強く思います。
さて、今回のコラムでは、桜ライン311の活動についてお話しさせてもらいました。先日、10年という節目について、岡本代表に話を伺ったところ、「10年は通過点」「町の復興も、桜ライン311の事業も、まだこれから」というような言葉がありました。彼らは、桜の植樹に留まらず、植えた桜の管理、地域との信頼関係づくり、植樹地の確保、獣害の対策、世間の防災意識・・・さまざまなものにこれからも向き合っていかなければなりません。私たちは、これからも彼らを応援すると共に、彼らの思いを無駄にしないように、大災害に備えていくべきだと思う次第です。
最後とはなりましたが、過去の災害で犠牲になられた方々に哀悼の意を表すると共に、被害に遭われた方々の元に平穏が1日でも早く訪れることを願っております。そして、願うだけではなく。同じ悲しみを繰り返さないように、私たちができることを各家庭で改めて考え、行動に移していきましょう。
著者プロフィール
小川光一(おがわこういち)
1987年東京生まれ。作家、映画監督。
国内外を問わず、防災教育や国際支援を中心に活動。日本唯一の「映画を作ることができる防災専門家」として、全47都道府県で講演実績がある。2016年に執筆した防災対策本『いつ大災害が起きても家族で生き延びる』は日本・韓国の二カ国にて出版されている。日本防災士機構認定防災士/認定NPO法人 桜ライン311理事ほか。現在、著書「太陽のパトロール~親子で一緒に考える防災児童文学~」が発売中。