令和6年能登地震支援活動の記録

2019年のJackery Japan設立以来、初めての本格的な災害支援となった能登地震。合計で260台(2400万円相当)の提供を行った、今回の支援について、中心となって活動したマーケティング本部の活動の記録を時系列でお伝えする。

1月3日

社内で協議の結果、被災地へのポータブル電源、ソーラーパネルの無償提供を決定。プレスリリースを出し、SNSに掲載する。その直後から公開したメールアドレス宛てに、支援依頼のメールが届き始める。

同日の夕方に、2023年12月にブース出展をした、東京都小笠原の「ボニンアイランドジャズ」の実行委員長から連絡を受け、実行委員の中に能登在住の方がおり、いま都内から能登に車で帰る準備をしている、との連絡を受ける。

連絡を取り合い、何台か持って行ってもらうことに。急遽出社し、ポータブル電源を充電。ソーラーパネルと一緒に車に積んで出発してもらう。偶然が重なり、まずは数台でも現地に届けてもらえることになった。移動時間は約7時間。やはりかなり距離がある。到着は翌日の朝になるとのこと。

1月4日

現地に向かった実行委員の方から「御社に支援依頼は届いてますか?その中で預かった製品を渡せるところがあれば届けます」との連絡を受ける。

奥能登の孤立地区の高屋町に船で届けたい、という連絡を受けていた方と連絡を取り合い、受け渡しをしてもらう。

出社後すぐに能登半島の通行可能な道路と、停電状況をプリントアウトし、ホワイトボードに貼りだしてみる。

提供する製品の用意はできたが、製品をどうやって届けるのか。道路状況も悪い中で、一番被害が深刻な奥能登のエリアに届ける方法が浮かばず、頭を悩ます。

同日、新たに地元ルートで能登に向かう方がいるとのこと。現地に送るものは満充電で届けたい、という思いから出発する時間から逆算して製品倉庫に充電作業をご協力いただく。その後、用意ができたポータブル電源を支援依頼のあった珠洲市と穴水町災害対策本部に届けていただく。

1月5日

この日も自治体の担当者や支援団体と連絡を取り合う。支援物資を届ける倉庫を金沢や七尾に用意する動きが広まっているが、そこから先の能登半島にどうやって届けるかが相変わらず課題となっている。

そうした中、以前、渋谷の防災イベント「もしもフェス」で知り合った、災害支援ボランティアの一般社団法人四番隊が現地入りしている、とのことで連絡を取り合う。いまは関東におり、再び現地入りするというタイミングで、ポータブル電源を受け渡し、四番隊の活動の中で穴水町や輪島市門前浦上地区の避難所に届けていただく。

届けた後に連絡を受け、「スマホの充電ができるので非常に喜んでいました。あと、いまは天気が悪いですが、ここから先を考えると、ポータブル電源とソーラーパネルをできるだけセットにしてください。まだまだ電気が来ないので」とのこと。

能登地方の天気予報を見て、第一弾ではポータブル電源を多めにしたが、道路状況が悪く、再び訪れるのが困難な避難所も多い事を考えると、最初からソーラーパネルとセットの方が良い、という現地の情報を受け止めて、今後の配送方法について考える。

以前から加盟していた「SEMA」からの支援依頼があり、同日にポータブル電源を発送。輪島市および珠洲市への配布が行われる。

1月6日

Jackeryの関東の製品倉庫からトラックで金沢への輸送を開始。受け入れ場所を確保できたので、ようやくまとまった数を動かすことができた。

さらに以前取引のあった、匠航空株式会社が、一般財団法人国際災害対策支援機構の依頼を受けて、ヘリコプターでの被災地支援を行っており、Starlink(スターリンク)を設置する際に、電源としてポータブル電源を活用したいとの連絡が入る。すぐに製品をお送りする。

1月7日 

金沢の拠点にトラックが到着し、珠洲市への製品提供が完了。課題だった金沢から先の輸送については、一般社団法人OPEN JAPANにある程度の数を託し、穴水町の他に、支援活動の中で必要な避難所に渡していただく形にする。

 こちらの支援団体については、2023年の「ap bank Fes」で知り合った主催者側の方からのご紹介で連携することができた。昨年Jackeryとして、たくさんのイベントに出展したが、こうした時に連絡を取り合って協力できたので、出展した甲斐があった。

その後、OPEN JAPAN経由で、珠洲市で活動する医療チームにもポータブル電源をお渡しすることができた。

1月8日

連休中も輸送手段の検討と調整は続く。能登半島の4つの自治体の停電状況を見ると、輪島市が一番深刻に見えるが、輪島市、能登町からの支援依頼が届いていない。

その一方で、能登町の避難所で電気が不足している、という話を地元の方から伺い、地元ルートでの輸送方法を探る。

1月9日

ヘリルートで輪島市赤崎町の避難所にStarlinkで利用するポータブル電源を提供。Starlinkとポータブル電源という東日本大震災の時には無かった組み合わせがようやく実現した。

1月10日

 能登町の避難所への輸送をお願いできる方が見つかる。能登地方の天候が回復したこともあり、ソーラーパネルとセットでポータブル電源をお送りする。

輪島市もようやく市役所の方とつながったので、同様に地元ルートで輪島市の2か所の支援物資受付場所への輸送のための準備を進める。

 さらに最初に高屋町に届けた男性とも連絡が付き、現在はもっと広い範囲の孤立集落に道路が通れないところは、手運びで運んでいる、とのこと。

 この方は、東京新聞の記事にもなっていた。ずっと奥能登エリアにどうやって届けるかを悩んでいたが、一番最初に運んでくれていたことに感謝し、安堵する。「ポータブル電源があったのでPCを使った避難者リスト作成などで、すごく助かりました」との話を伺う。

補足記事:完全孤立集落を「今こそ助けたい」移住した25歳男性歩いて物資届ける住民ら感謝の笑顔 https://www.tokyo-np.co.jp/article/300711

1月11日

地元ルートで輪島市の門前健民体育館、輪島市文化会館の2か所に製品を届けていただく。さらに、穴水町の町役場に送った分が、一部避難所に届いていなかったことが分かり、その分の輸送も受け持っていただく。

さらにこの日もヘリルートで孤立地区の狼煙町、赤崎町の避難所にポータブル電源を提供する。

1月12日

この日は再び、現地入りをする支援団体の四番隊にポータブル電源とソーラーパネルを提供。「二次避難も始まり、避難所の人数がかなり減り、状況は刻一刻と変化している。その一方で介護などで避難所に行けないで孤立している人もいる。そうした個別避難の方にはポータブル電源は必要」とのこと。フェーズが切り替わっていく中で、ポータブル電源が必要な場所も変化していく。

1月13日

前日、現地入りした四番隊が輪島市門前町の避難所に所有のStarlinkと共にポータブル電源を設置。「2週間ぶりにスマホがつながったと喜んでいました」との声を伝えていただく。この日は、新たに連携した支援団体のピースウィンズにポータブル電源、ソーラーパネルの提供を行う。

同日夜、OPEN JAPANで共同代表を務める木村とーるさんにオンラインで話を伺う。

「被災地ではフェーズがどんどん変化している。いまは二次避難が始まって、避難所の人数が半分になっている。ポータブル電源に関しては、避難所を開設した時にあるのがベスト。起きてから届けても遅いと感じた。ポータブル電源があれば、スマホで安否確認ができる。それができるだけで大分違う」

現場の声を聞いて感じたのは、どう届けるかを日々考えていたが、どうやってポータブル電源を知ってもらい、事前に備えてもらうか。また、「発電機はガソリンの備蓄が無いと動かなくなるが、ポータブル電源はソーラーがあればずっと動く、この差は大きい」という話もあった。持ち運べるソーラーパネルの存在をどう知ってもらうか。これからの課題となった。


今回、被災地の最前線にできるだけ多く、製品を届けるために、ここに書ききれないほど、様々な方にご協力いただき、ポータブル電源、ソーラーパネルを届けることができました。誠にありがとうございました。

被災地域の一日も早い復旧・復興を心よりお祈り申し上げます。


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