【BCPコラム第3話】企業の防災備蓄と帰宅困難者対策

生命と事業を守るために「防災備蓄」が必要

家庭の防災対策において「備蓄」は重要な要素のひとつですが、企業の「BCM・事業継続マネジメント」においても備蓄は重要です。しかし、備蓄品を準備すべき目的は家庭と企業で異なる箇所がありますので、目的に応じた備蓄品を選ぶことが重要です。最初に、BCMにおいて備蓄品の準備が必要となる理由を3点あげます。

① 事業継続に必要な「業務環境」を最低限整備するための備えとして

災害でインフラが被害を受け、電気・通信・水道・交通・流通などが停止している状況においても業務を継続する必要がある場合、あるいは各種インフラの復旧前に業務の再開が必要になる場合は、インフラを代替する手段が必要となります。

工場や飲食店などインフラそのものが「原材料」となる業種においては、インフラを復旧させなければ業務の再開をすることはできませんが、一般の事務所やオフィスにおいても「人が働く環境」を整備するためには、電気・水道・トイレ・食品調達の手段が必要です。これらをまかなうための手段として、備蓄品による代替計画が必要となります。

② 事業所から「出られなくなった」場合の備えとして

事業所が都市部にあり、従業員の多くが鉄道などの公共交通機関で通勤している場合は、②とは反対に「帰宅させない」ための準備が必要となります。いわゆる「帰宅困難対策」と呼ばれる準備です。

大都市で大地震などの災害が発生すると、公共交通機関が停止して多くの帰宅困難者が生じます。この時、無理に徒歩で帰宅をしようとすると、途中で命に危険が生じる可能性があるため、周囲の状況が落ち着くまで3日間程度、事業所内に留まるための物資を用意する必要があるとされています。

③ 事業所から出られるが「徒歩で帰宅させない」ための備えとして

社内外の被害状況を集めた結果、被害が甚大であると判明した場合。あるいは、情報収集がままならずに状況が不明となる場合は、非常時体制へ移行します。これがBCPを発動するという状況になりますが、事前に定めた優先順位に従い、非常時において特に重要な業務へ使用できるリソースを集中させて、事業の継続を図ります。

非常時には内部の状況・外部の状況ともに変化し続けるため、状況にあわせた経営判断を連続的に行う必要があります。こうした状況において役立つのが対策本部です。常に情報を更新し、その情報に従って判断を下す、そのための場所や組織の立て方を事前に計画することも、初動対応計画のひとつとなります。

帰宅困難対策が重要である理由

都市部における帰宅困難者対策は、企業のBCMにおいても重要な要素とされています。例えば東京都などは、「東京都帰宅困難者対策条例」を定め、企業や事業者に対して大地震などが発生した直後から「3日間」程度、従業員を帰宅させないための準備を努力義務として定めていますが、こうした対応が求められる理由として次の2点が重要となります。

「徒歩帰宅」という危険行為から「従業員」を守る

2011年の東日本大震災の際には、直接的な被災地にはならなかった東京・首都圏でも、515万人にものぼる膨大な「帰宅困難者」が発生しました。しかし、鉄道の運休や道路の渋滞が発生した以外、インフラに対する物理的な被害は生じなかったため、「歩いて帰るのが大変だった」という「程度」の被害で済んだという状況にもなっています。

しかし、近い将来の発生が想定されている、東京の首都直下地震、名古屋も直撃を受ける南海トラフ巨大地震、大阪市街地を縦断する上町断層帯の地震など、大都市を直撃する大地震が発生した場合、3.11の「経験」を生かして徒歩帰宅を開始すると、落下物・地震火災・群衆雪崩といった命にかかわる二次災害による、多数の死傷者の発生が想定されています。

大地震直後に徒歩で帰宅をすると命を落とすかもしれない、そのために3日間程度はオフィス内に留まることが強く推奨されているのです。

「徒歩帰宅」による道路閉塞から「地域住民」を守る

さらに、大量の帰宅困難者が徒歩で帰宅をすると道路に人があふれ、救急車・消防車・自衛隊車両をはじめとする、各種の緊急車両が道路を通行できなくなります。この場合、大ケガをした負傷者の搬送、火災に対する消火活動、生き埋め被害者の救助、自衛隊による各種支援活動が遅れ、地域の住民の生命が危険にさらされる恐れがあります。

発災直後の徒歩帰宅が、「従業員の生命」だけでなく「地域住民の生命」に対して危険を生じさせる恐れがあるという想定は、行政からも積極的にアナウンスされています。これらのメッセージを無視して被害を生じさせてしまった場合は、「災害によるリスクを軽視する企業」とみられてもおかしくない状況になっているのが昨今であるため、事前準備が不可欠なのです。

インフラ停止に備えて準備すべき防災備蓄品について

それでは、「①業務環境の整備」「②閉じ込め対策」「③帰宅困難対策」に対して必要となる、インフラ停止時に備えた備蓄品を具体的に解説いたします。

①非常用トイレ

災害の影響で断水が生じた場合。あるいは排水管への損傷の発生や、排水管の点検が終わるまで水を流すことが禁止されている場合においては、トイレの確保が必要となります。丸1日飲まず食わずになる状況はあり得ますが、丸1日トイレを使用しない状況はあり得ず、また飲料水や非常食と異なり、発災直後から必要になる可能性もあります。

そのため、非常用トイレの設置は初動対応の一環として計画をすべきで、災害直後の緊急対応と並行して、トイレが使用できるかの確認と、使用できない場合の非常用トイレの手配が必要です。トイレがどこに保管されているのか、どのトイレに設置するのか、どのように使用するのか、などを初動対応マニュアルにもまとめておくようにしましょう。

非常用トイレの種類と用途


備蓄タイプ
(袋+凝固剤)

「袋」と「凝固剤」がセットになっているトイレです。建物が無事で普段使用しているトイレの「便器」がそのまま使える場合は、これに袋を被せて使用し、凝固剤で固めて処理します。建物から避難を行わない場合は、基本的にこのタイプのトイレを準備してください。


備蓄タイプ
(袋+凝固剤)

組み立て式の簡易便器や、屋外に設置する大型のトイレブースなど、便器そのものが付属するトイレです。建物が古く大地震による倒壊リスクが高い場合や、屋外への避難が想定される場合に必要となります。基本的には備蓄タイプのトイレと併用する形になります。


携帯タイプ

「袋」と「凝固剤」が一体化しており、屋外や車内で使用することができるトイレです。基本的には「小」目的の物が多く、屋外避難の可能性がある場合に非常持ち出し袋へ入れておいたり、社有車に積んでおく防災セットへ入れたりして使用します。

  • 組み立てタイプのダンボール便器に、備蓄トイレの袋を被せた様子。建物のトイレが無事であれば、袋は普段のトイレに被せて使用する。建物のトイレが使えない場合は、このような組み立て便器などを併用する。

衛生管理用品(ウェットティッシュ)

  • トイレを使用したり、食事をしたりする場合には手指洗浄などの衛生管理が不可欠です。しかし、備蓄品として準備しているペットボトル水などはできるだけ「飲料水」など「水」そのものが必要な用途に回すべきですので、手洗いなどには「ウェットティッシュ」のような備蓄品を準備するのがおすすめです。

    衛生管理に使う道具は複数名による共用ではなく、個別配布をした方が感染症対策に有効です。大容量のウェットティッシュ・除菌ティッシュなどではなく、個包装されている長期保存タイプのものを準備し、個々人へ配布できるようにするのが良いでしょう。

寝具・プライバシー用品

  • 帰宅困難対策において従業員の帰宅を抑制するためには、数日間の「宿泊」環境を整える必要があります。また冬場に停電が生じた場合は寒さ対策を行う必要もあるため、何かしらの寝具を用意して対応しましょう。

毛布・ブランケット

  • 毛布やブランケットは、寝具・防寒の両方に使用できる便利なアイテムです。1名に1枚の割合で準備をする必要がありますが、グレードについては予算や保管スペースにあわせて調整することになります。予算と保管スペースが許せば「圧縮毛布」を準備するのがよいですし、最低限としてはアルミ蒸着の「エマージェンシーブランケット」が適切です。

マット・シート

  • 毛布・ブランケットとあわせて準備したいのが、床に敷くためのマットやシートです。「床の上に転がって眠る」ことは、体力の維持においてもメンタルケアにおいても避けたい所ですので、冬場における床からの冷気遮断に、また快適性・衛生状態を向上させるために準備をしましょう。基本的には予算を投下するほど「分厚い」ものが選択できます。

膨らませて使用するエアマットに、寝袋を乗せた状態。予算が許すならばこのような組み合わせが最上ですが、全従業員の準備が難しい場合は、負傷者・用配慮者、あるいは事業継続・復旧作業者に優先する形で準備をするとよいでしょう。

飲料水・備蓄食

事業所内に数日間滞在するためには、水や食料も必要になります。大規模な災害などが発生すると、事業所周辺の店舗や自動販売機はたちどころに売り切れとなり、インフラが回復するまでは商品が入荷することはありませんので、社内にとどまる必要のある日数分の備蓄を、事前に確保して配布できるようにする必要があります。

飲料水について


備蓄の量

水の備蓄量は「1日あたり3リットル」が目安とされますが、これは飲料分だけでなく、調理用・生活用・衛生用の水も含みます。企業備蓄の場合は最低2L・できれば3L程度を目安にするとよいでしょう。


サイズ

飲料水は「500mlペットボトル」による備蓄がおすすめです。そのまま飲むことができるためコップが不要になること、また個別配布・数量管理が容易になることが理由となります。


備蓄方法

備蓄品全てを防災専用にすると費用がかさみます。来客用のペットボトル・ウォーターサーバー・災害対応自動販売機など、平時にも使用できるものを併用すると、コストダウンと日頃の防災意識向上に役立ちます。

各種断水対策用品。飲料水や調理用など「水」そのもので準備するものと、水の「機能」で道具を用意するものに分けられます。

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備蓄食について

備蓄食


種類と内容

「備蓄食は栄養バランスに気を配って」というアドバイスもありますが、企業備蓄は短期用途が主ですので、これは最低限で構いません。また食事とあわせてゴミ処理用の袋なども多めに準備をしてください。


加熱の有無

備蓄食は「加熱手段・お湯の使用」の有無で選択肢が変わります。加熱の道具や手段を併用すれば、食事のバリエーション・グレードがかなり広がるため、11食程度はこうしたものを追加できるとよいでしょう。


配慮について

アレルギーや宗教上の理由で特定の食品を食べることができない従業員がいる場合は、配慮をどこまでするか検討をします。会社の備蓄品を開示した上で、不足分は個々人に用意してもらう方法もよいでしょう。

インフラ停止に備えて準備すべき防災備蓄品について

今回は災害直後に命を守った後の対応として、防災備蓄品の扱いについての解説をいたしました。緊急時対応と同じく、災害直後には「防災担当者」が不在となっている場合もありますので、準備した備蓄品はマニュアルやリストにまとめて、誰でも使用できるように普段から告知をしておくことが重要です。


【コラム】非常時におけるポータブル電源の活用

【コラム】各種の備蓄品とあわせて用意したい「電気」の備蓄

従来の防災対策において、「電気」を備蓄する方法としては「乾電池」が一般的であり、業務上必須となる場合には「発電器」などが準備されていました。しかし乾電池では動かせる器具の制約が多く、また発電器は燃料備蓄の問題などがあるため、防災専用に準備をするのはハードルが高いという問題がありました。

帰宅困難対策においては、従業員の家族の安否確認を取ることも重要です。会社が備蓄品を準備していたとしても、家族の安否が確認できなければ、無理にでも徒歩帰宅を始める可能性が高いためです。そこで重要になるのがスマートフォンの充電ですが、これが近年のポータブル電源の進化で行いやすくなりました。

また、1,500W以上の出力があるポータブル電源があれば、発電器を使えない場所においても調理家電などを動かすことができるため、温かい食事を提供するという対応や、扇風機などの熱中症対策家電を動かすこともできるようになるなど、「電気を使った防災対策」という新しい選択をとることができるようになっています。