【BCPコラム第5話】非常時の通信確保と対策本部による経営判断

非常時の経営判断を行う「対策本部」という組織

非常時における「災害対策本部」と聞いて、どのようなイメージをされるでしょうか。モニターや複合機が整然と並ぶ大きな部屋の中で、役職の書かれたベストを着用したメンバーがせわしなく業務に当たる…という状況を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。

対策本部の役割は、情報の集約と連続的な意思決定です。組織の規模が大きければ、前述のイメージで本部運営を行うこともありますが、小規模な組織の場合は机を数名が囲むだけでも立派な対策本部となります。非常時における対策本部のあり方を考えてみましょう。

対策本部を設置する目的と役割

発災時に行う「社内外の被害状況確認」の結果、自社の被害が大きく平時の体制では対応することが難しいと判断される場合、あるいは情報収集すらままならない状況となり、判断を下すこと自体が難しいと想定される場合には「対策本部」を設置して対処を行います。

災害時に企業が設置する対策本部の役割は「連続的に意思決定を行う」ことにありますが、どういうことでしょうか。非常時には、リソースが限られる状況において、時間と共に前提条件が変化する中で、事業継続に関する状況判断と指示を出し続ける必要があります。

平時であれば、時間をかけて複数の意思決定者の検討を経て下される経営判断ですが、非常時においては限られた情報でこれを行うことが求められます。非常時における連続的な意思決定を効率的に行う場として、複数の役職者を集めた対策本部が有効なのです。

業務時間中・時間外、2つの状況における対策本部

対策本部で意思決定を行うためには、現在の状況に関する「情報」と、この情報に基づいて判断を下す「役職者」が必要です。この2つの要素をどのように集合させるかを考えることが、対策本部の形式につながります。

役職者の多くが物理的に出勤している場合は、発災時に会議室などへ集合する計画が合理的です。一方で役職者の多くが日頃からリモートワークを多用していたり、また業務時間外の発災を考慮したりする場合は、オンラインでの情報共有・コミュニケーションができる備えが必要となります。

そのため、対策本部を設置する際の計画としては、事業所内に物理的な空間を設置する方法と、リモートによりオンライン上にコミュニケーションができる空間を設置する方法の両方を想定すると業務時間中・時間がどちらの災害にも対処できるようになります。

対策本部と通信の確保について

非常時の経営判断には、自社の被害状況をまとめた情報が必須です。「今、何が、どうなっているのか」が分からなければ、判断のしようがありません。そのため災害発生時の初動対応においては、素早い情報収集が必要であることを「コラム第4」で解説しました。

さらに、収集した情報を意思決定者へ共有するための手段として、あるいは被災地内外との連絡を取るために、通信手段を確保することが必須となります。これは業務時間中・時間外のどちらに発災しても使用できる手段であることが求められます。具体的に見てみましょう。

通信の確保①:電話とインターネットについて

災害時における通信手段として最も高速なものは、「対面によるコミュニケーション」です。だからこそ会議室に人を集めて対策本部が設置されるのです。ただ、災害は人の営みに忖度せずに発生しますので、平日の日中だけでなく業務時間外にも生じます。

また拠点や事業所が複数ある場合、重要な取引先・パートナーがいる場合は、遠隔による被害情報の集約が必要になります。このような状況において、連絡手段を確保するための事前対策が必要になるのです。それでは、非常時に準備すべき通信手段をご紹介します。

固定電話・携帯電話

大地震を始めとする大規模災害時、最初に使用できなくなる通信手段は「電話」です。災害が発生すると被災地内外との通話が増大し、「輻輳(ふくそう)」という現象が発生し回線がパンク状態となり、地域一帯の電話が使用不能になります。

そのため近年においては、災害時における輻輳を防止するため、大地震などが発生すると早々に電話回線に対する通信規制が行われます。消防や警察、災害時の緊急対応に当たる機関を対象とする優先回線を維持するため、一般の電話・FAX回線はほぼ使えなくなります。

公衆電話は、通信規制時にも使用できる可能性の高い手段ですが、そもそも公衆電話そのものを街中で見かけなくなりました。自宅や事業所近くの電話を把握しておくと役立ちます。

インターネット(回線について)

インターネットは災害に強い通信手段であり、非常時においても使用することができる可能性が高くあります。なお、インターネットを平時に使用する際には端末の種類に応じて、有線か無線かという区別をすることが多いですが、非常時においては接続元の種類に応じて、「固定回線」「モバイル回線」と区別をすると分かりやすくなります。

主な回線の種類

固定回線

光回線(FTTH)、ケーブルテレビ(CATV)、電話回線(ADSL)などがありますが、これを日頃は「有線LAN」または「無線LANWi-Fi)」という形で使用しています。非常時に利用できるかどうかは事業者側の被害状況にもよりますが、自社が停電した場合も、固定回線を扱うモデムやルーターが停止するため使用できなくなるのが一般的です。

モバイル回線

携帯電波(4G/LTE5G)やWiMAXなどのサービスがありますが、こちらは固定回線と異なり、自社が停電しても基地局がバッテリーや発電器で稼働している間は通信ができるという特徴があります。ただし、自分自身の端末がバッテリー切れとなると使用できなくなるため、モバイルバッテリーやポータブル電源の確保が重要となります。

なお、災害対策の一環として、市街地などで普及している「00000JAPAN(ファイブゼロジャパン)」は非常時に開放されるフリーのWi-Fiですが、このWi-Fiの大元は固定回線またはモバイル回線ですので、停電が長期化した場合は携帯電波などと同様に使用ができなくなります。

インターネット(サービスについて)

災害により停電が発生すると、多くの固定回線が使用できなくなります。一方で前述の通り、モバイル回線は携帯基地局が稼働していれば使用できるため、モバイル回線を基本とした通信方法を検討しておくことが重要です。

ひとつは携帯電波をそのまま使用するために、SIMカードを挿したスマートフォンやタブレットを用意する方法です。もうひとつは携帯電波をWi-Fiへ切り替えるために、各種端末でテザリングを行うか、モバイルルーターを用意するといった方法があります。

スマートフォンやノートPCでインターネットへの接続ができれば、あとはどのようなサービスを用いて情報収集・情報共有を行うかを検討しなければなりません。具体的には次のような選択肢があります。

主な通信の種類

電子メール

インターネット接続ができれば、平時の業務に用いている電子メールを使うことができます。しかしE-mailは送受信数が膨大になると遅延を起こす可能性があったり、リアルタイムな双方向通信が行えなかったりするため、他のサービスと併用することが望ましい手段です。

SMS(ショートメッセージ)

携帯電波を拾うことができれば使用することが可能です。音声通話が規制されている状況においても接続がしやすくなっています。しかし電子メールと同じくリアルタイムな双方向通信には向きませんので、安否確認などの手段のひとつとして活用すると便利です。

リモート通話アプリ

LINE(ライン)やSkype(スカイプ)などの音声通話アプリ、Zoom(ズーム)、Teams(チームズ)、GoogleMeet(グーグルミート)などのリモート会議アプリなどは、電話に変わるリアルタイムな双方向通信として便利に活用できるツールとなります。

グループウェア・ビジネスチャット

会話ではなく情報の共有には、日頃業務で用いているツールを用いるのが便利です。サイボウズOfficeMicrosoft Office 365Google Workspaceなどのグループウェアや、ChatworkslackLINE WORKSなどのビジネスチャットは、業務時間外の対応にも活用できます。

通信の確保②:特殊な通信手段の確保

電話やインターネットがダウンする状況においても、拠点間や役職者との通信を確保する必要がある場合は、災害に強い広域な通信機器を準備する必要があります。以下に代表的な手段を紹介します。

IP無線

IP無線は、ドコモ・au・ソフトバンクなどの携帯電波を利用した通信システムです。場所や距離を選ばずに利用することができる便利な端末で、平時から活用することもできます。しかし、携帯電波がダウンする状況では使用することができないため、「スマホ」が使える状況ならIP無線が使用でき、スマホが使用できない状況ではIP無線も使えないという弱点があります。確実な通信手段を確保する場合は、他の方法との併用が必要です。

MCA無線(MCAアドバンス)

MCA無線は免許不要で使用することができる広域の無線サービスで、契約している端末を用いて携帯電波網に依存せず通信をすることができます。端末の大きさもスマートフォンと変わらず、日本全国がカバーされていますので、スマホが使えない状況でもつながる通信手段を確保する際に向いています。

もちろん、無線の基地局がダウンすると使用できなくなりますが、基地局そのものが堅牢な作りとなっており、停電用の発電器なども設置されているため、災害時にも使用できる可能性が高いサービスです。ただし都市部などビルの多い場所や、室内・地下では電波を拾いづらい場所もあるため、事前に使用できるかの確認をしておくと良いでしょう。

衛星通信

人工衛星を経由して通信を行うサービスであるため、地球が爆発しない限りは使用できる可能性が高いという強みを持ちます。従来はいわゆる「衛星携帯電話」が主流でしたが、アメリカのスペースX社が提供するスターリンクサービスが2022年より日本でも開始されたことにより、「衛星インターネット」が手軽に使用できるようになりました。

専用の端末・通信機を事前に保持しておく必要があること、またMCA無線以上に接続できる場所が限られるなどの条件はありますが、確実につながる通信手段を確保したい場合の選択肢として有効です。こちらも事前にどこで使用できるのかの確認をしておきましょう。

終わりに

近年、各携帯電話事業者による全国における基地局の整備や、災害時における移動基地局の配備計画などが進められ、非常時にも携帯電波を用いたインターネットが使用しやすい環境となっています。そのため、基本は各個人が保有する「スマートフォン」を確実に使えるようにし、必要に応じて特殊な機器を配備するという方法がおすすめです。

なお、スマートフォンの各種アプリを確実に使えるようにするため、毎年の防災訓練には非常時に使うアプリの「ログイン」や「情報の投稿」などを盛り込むとよいでしょう。


【コラム】非常時におけるポータブル電源の活用

【コラム】ポータブル電源の活用による固定通信機器の利用

携帯電話やスマートフォンの普及により、非常時にもモバイル端末が使いやすくなっていますが、情報処理にはPCを使用できた方が便利です。ポータブル電源により「コンセント」を介した電力供給ができれば、固定ルーターや各種の通信機器を動かすことができるようになり、非常時にもPCによるインターネットが使用しやすくなります。

特に、前述の「スターリンク」をポータブル電源で動かすことができれば、携帯電波が全滅している状況においても、平時と同じレベルのインターネットを活用することができるようになるため、通信環境が劇的に改善されます。拠点用の設備としてぜひ検討をいただきたい組み合わせです。